ブラインドサイト ~小さな登山者たち~ ・2007年7月21日公開・
可能性は無限大。目の見えない子供たちがエベレストを目指す。
世界中で熱い支持を受け、ベルリン映画祭をはじめ各国の
映画祭で数々の観客賞を受賞。
チャレンジすることの大切さを教えてくれる
感動のドキュメンタリーが世界に先駆け日本で初公開
悲しいことにチベットでは、盲目の人は前世の悪行が原因で悪魔に取り憑かれているという古くからの言い伝えがあり、盲人の多くはひどく差別的な扱いを受けてきた。そして盲目の子供たちは、親からも社会からも拒絶されるという悲しい現実に直面していた。そんな子供たちに救いの手を差し伸べたのは、自身も盲目のドイツ人教育者サブリエ・テンバーケン。チベットへの入国に難色を示していた中国政府当局の反対を押し切って単身チベットに渡った彼女はチベットで初の盲人のための学校を設立する。数年後、盲人として史上初めてエベレスト登頂に成功したアメリカ人登山家、エリック・ヴァイエンマイヤーに感銘を受けたサブリエと子供たちは、登山のワークショップを開いてもらう為に彼を学校へと招待する。そのことがきっかけで、やがてエリックは子供たちにエベレストの北側、標高7000メートルのラクパリを目指すことを提案する。子供たちのとてつもない挑戦が始まった。
一歩ずつ大地を踏みしめる子供たちの姿が胸を打つ。
葛藤と苦難を乗り越え、子供たちそして大人たちは何を得るのか?
息をのむような絶景のヒマラヤ山脈を背景にした本作は、盲目の6人の少年少女が目標を達成するために精一杯の勇気を出し、チャレンジする姿を追った感動のドキュメンタリー。しかしながら、本作は“困難に立ち向かう勇気の物語”というステレオタイプの作品ではない。実は、一筋縄ではいかない複雑な要素が絡んで雪だるま式に文化的衝突の観察へと形を変えていく。過酷な状況の中で登山者たちの間に生じる身体的な違い、ヨーロッパ文化対アメリカ文化、教育者対スポーツマンなど、様々な衝突に着目しながら、シンプルかつ重要な「子供たちはなぜ登っているのか?」という疑問を浮き彫りにしていく。大人たちの価値基準での成功論、ヒーロー論、コミュニティー論に対して知的に一石を投じるのである。 その一方、カメラは全編にわたって子供たちの自然体なリアクションを引き出すことに見事に成功。何よりも暗闇の中で手を伸ばし、無限大の可能性に向かって一歩ずつ大地を踏みしめる小さな登山者たちの姿が、胸を打つ。
一通のメール
前代未聞の登山隊の発足は、チベット初の盲人学校「Braille Without Borders(直訳:国境なき点字)」をラサに創立した盲目のドイツ人教育者、サブリエ・テンバーケンが、世界的に有名な盲目の登山家、エリック・ヴァイエンマイヤーに送った一通のメールから始まる。以前エリックの著書『全盲クライマー、エベレストに立つ(原題:TOUCH THE TOP OF THE WORLD)』を子供たちに読んで聞かせたことがあったサブリエは、2001年にエリックがエベレストを登頂したニュースを聞いて、是非彼に連絡をとってみようと思いたったのだった。
一通の手紙が、壮大な旅路、そしてこの映画へと続く導火線となった。
『ブラインドサイト』というタイトルにこめられた意味
「『ブラインドサイト』というタイトルは、あえて「ブラインド(盲目)」というタイトルから背かず、面と向うべきだと思ったし、さらには映画同様に、ユニークな言葉を用いたいと考えていた。『ブラインドサイト』という言葉は、盲人たちが、読んで文字の如く、チベット社会から「見えない存在」のように扱われているという意味が込められている。造語だと思っていたら、調べてみると、医学用語として存在していた言葉だった。大脳皮質で起きている症状により、視覚障害を持つ人々は、知覚的な視力をもつ現象を指す。
blindsight・・・・・・・・・・ブラインドサイト
「見える」「見えない」という視覚とは、別の側面を持つ視覚が存在していることを示している。それは主観的には外界を視覚的に認識(色や形やサイズなどの情報が視覚化されて意識に上がる状態)されていないものの、意識に至る視覚経路とは別の神経系を介して神経情報処理が進んでいることを意味していると考えられる。「何かが見えた」と主観的な視覚が存在するのに対し、身体的には外界からの刺激を受け止めているのに関わらず、意識(主観)に上がらない水準の視覚があることを意味している。
岡山県立大学 障害・行動科ラボホームページより引用
監督:ルーシー・ウォーカー
プロデューサー:シビル・ロブソン・オアー
製作総指揮:スティーヴン・ハフト
撮影監督:ペトル・シックハート
山岳映像:キースパートリッジ
音楽:ニティン・サウニー
配給:ファントム・フィルム
公式サイト