時代を変えたひとりのアーティスト、カート・コバーン
本人が語る最初で最後の真実の言葉
彼の生きた軌跡が今、蘇る―。
NIRVANA…。KURT COBAIN…。
グランジというくくりでシアトルから飛び出した数多のバンドが、忘却のブラックホールへと吸い込まれる中、未だ色褪せることのないタイムレスなメロディー音楽で伝説を築いたニルヴァーナと、パサパサの金髪に目の下の隈を強調したポートレート写真に凍結されたバンドのボーカル/ギタリスト、カート・コバーンは、27歳という早すぎる死のイメージと共に、現在も時代を超えて支持され続けている。自殺説、事故説、はたまた、何かの陰謀に巻き込まれた他殺説など、様々な噂が飛び交い、謎が謎を呼ぶ中、「コートニー・ラヴが殺した」など、“シド&ナンシー”的なカップル像がメディアに歪曲されたりもした。だが、愛する妻と娘フランシスを残し、ひとり旅立ってしまった彼は、二人を見守るかのように、未だ、“向こう側”へ行けていないのかもしれない。彼の人生をモチーフにした多くの映画などが作られ、時代も彼の足首を捕まえて放そうとしない。
初めて世に出る彼の肉声
そんな彼の呪縛が解ける日が近いかもしれない。その機会となるのが、彼自身の肉声を聞くことができる『カート・コバーン アバウト・ア・サン』。当時、シアトルの自宅のキッチンで行われた25時間に及ぶインタヴューの取材テープから聞こえてくる声は、『病んだ魂(原題:COME AS YOU ARE)』の著者マイケル・アゼラッドを、ジャーナリスト嫌いのカートが信用したからこそ実現したもの。そして偶然の会話から生まれたアッゼラットと、監督AJ・シュナックの企画も信頼関係の産物だ。こちら側とあちら側の“どこか”から聞こえてくるような、カートの正直すぎるコトバは、彼の負のイメージを覆すのではないだろうか。
彼の愛した音楽がそのままサウンドトラックに
彼の肉声と風貌に加え、音楽も大事な要素である。カート・コバーンは、自分の知名度を使い、新旧問わず、彼が尊敬するミュージシャンやバンドを後押しするために、前座を起用し、ライブでカバーしたり、彼らのTシャツを着たり(ダニエル・ジョストンのTシャツを着ていたのは有名な話)、才能はあるのにブレイクする機会がない人たちへ大いなるリスペクトを送り続けた。このサウンドトラックも、そんな彼が愛してやまなかった音楽に彩られる。レッドベリー、マッドハニー、ヴァセリンズから、幼い頃に聞いたクイーンや、MTVアンプラグドでもカバーしたデヴィッド・ボウイの曲が流れ、彼がいつ頃、なぜそうした音楽に惹かれたのかにも時おり、触れられる。
アバウト・ア・サン/たった一人の人間
親密な環境で語られる生い立ちや、駆け出しの頃の夢など、尊大なロック・スターの発言でなく、一人の人間/子供によるものだ。その世界を席捲する前の、故郷のアバディーン、ボヘミアンナ学生街のオリンピア、そしてブレイクを果たしたシアトルといったアメリカ北西部の街の風景や人の映像と共に、彼の肉声が、あたかも私たちと一緒に旅しているかのように、静かに響く。そこには、傷つきやすく、繊細で、きらきらと夢を語る一人の少年がいる。妻と娘を愛し、家族を守ろうとする愛すべき家庭人がいる。そして、まるで老人のように現実に疲れ、やつれ果てた彼も…。
さあ、一緒に旅に出よう。
コート・コバーンという人間はどこに始まり、どこに辿り着こうと向かっていたのか…。この作品では、実際に彼の住んだ家、初めて一人暮らしをした一軒家、バイトをクビなったリゾートホテルなど所縁のある街が映し出される。彼が確かにそこにいたという痕跡を感じながら、その道のりを一緒に旅することで、彼という人間の一部、またそこから生まれた音楽を、少しだけ理解できるようになるかもしれない。あたかも、彼の家の台所に座り、一緒にハーブティーをすすり、時おり窓の外を見やる彼がすぐそばで話しているかのように感じながら、ふと、やさしい気持ちになっている自分に気付く、かもしれない。
監督:AJ・シュナック
原作・共同プロデューサー:マイケル・アゼラッド
撮影監督:ワイアット・トロール
スチールカメラ:チャールズ・ピーターソン
製作:シャーリー・モイヤーズ ノア・コシュピン クリス・グリーン
配給:ショウゲート
語り:カート・コバーン